ハリセンボン春菜の恩人は、「角野卓造さん」だった!今あるのは角野さんのおかげ。
「番組出演本数ランキング女性タレント部門」で、2012年、2013年と連覇を
続けているお笑いコンビ「ハリセンボン」の近藤春菜さん(31)。
あの丸い大きな顔の春菜さんを、テレビで見ない日はないほどの人気者。
今年でハリセンボンはコンビ結成10周年。
記念イベント「女の武器は使わない~だけど一緒にいてほしい~」が10月25、26日
東京・銀座博品館劇場で開催されます。
誰もがご存知の「角野卓造じゃねぇよ!」は、決して一発ギャグではない。
そんな春菜さんが恩人に挙げたのは、その人「角野卓造さんでした。
「恩人を挙げさせていただくとすると、角野卓造さんです。」と胸を張って言った。
「意外に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、私にとっては、いくら感謝を
してもしきれない方なんです。」とは、彼女の心からの感謝の気持ちだった。
そんな誰でも知っているフレーズ「角野卓造じゃねぇよ!」は、
どうやってうまれたのでしょう?
芸人になって1年目、モノマネのオーディションに参加しないといけない時に
特にモノマネのネタも持っていない春菜は、同期の女の子らと集まって、「私誰に似てる?」
と問いかけたところ・・・・『渡る世間は鬼ばかり』の『幸楽』のお父さんに似てない?」みたいな
話になって、そこで初めて角野さんのお名前を意識したようです。
それから少しして「ロンドンハーツ」(テレビ朝日系)に出演することになり、誰も春菜の
ことなんて知らない中、せっかく大きな番組に出してもらったんだから「何か爪痕を残さなきゃ…」と
思って自己紹介の時に「角野卓造さんに似てるって言われます!」と自分から切り出した。
そしたら、(田村)淳さんが「で、角野さんはどうなの?」みたいな形でフッてくれたらしいんです。
その時はオウム返しするのが精いっぱいで、瞬時に「角野卓造じゃねぇよ!」と叫んでだのが
以外にも受けたようで、それが今の春菜さんの原点になったわけですね。
このフレーズで、徐々にいろいろな番組に呼んでもらえるようになったそうです。
あの時の田村淳の突っ込みがなければ、今のハリセンボンはなかったのかも知れません。
そんないきさつが、春菜さんの恩人としての角野卓造さんが存在していたんですね。
角野 卓造(かどの たくぞう)1948年8月10日 生
俳優・声優
東京都出身
文学座所属
血液型O型
妻は女優の倉野章子
1970年に文学座研究所に入所、1972年に『飢餓海峡』で初舞台。
その後は数多くのドラマ・映画・舞台に出演し、活躍。
特にTBSホームドラマの常連としての顔は広く、『渡る世間は鬼ばかり』は有名。
橋田壽賀子作品の常連出演者でもある。
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