肺がんで余命2週間の宣告を受けたジョニー大倉の現状を長男が明かす
ジョニー大倉といえば、元ロックバンド・キャロルのベーシストとして
矢沢と人気を二分していた男だ!
当時からあまり多くを語らず、矢沢とは正反対のヴォーカリストでもあった。
そんな大倉がいま病と闘っている!
昨年6月に肺がんで余命2週間の宣告を受け、現在闘病生活中の歌手・ジョニー大倉の
バースデーイベントが6日、東京・銀座TACTで行われ、長男のケンイチ大倉(41)が
報道陣の取材に応じ、父・ジョニーの近況を報告した。
ジョニーは今年4月13日、かつて在籍したロックバンド・キャロルの解散記念日に
同所で復活ライブを行い、音楽活動を再開。
その後、自宅療養と通院で治療にも励んでいたが、7月下旬に体調を崩し、
8月上旬に再入院。ケンイチは「ステージに間に合わず、残念がっておりました」
と父ジョニーの思いを代弁した。
現在の病状については「以前、肺がんが15個あったのが(今回は)2個まで減っていた。
それが大きくなったけど、抑えられる範囲なので、抗癌剤で治療しています」と明かし、
「あんなにすごいがんだったのに、転移していない。
先生も『奇跡としかいいようがない』と言っていた」と語った。
報道陣からもジョニーの体調を心配する声があがり「食事に関しては、ちゃんと食べてます。
食べたいという気力はありますが、体力がない分だけ、立って歩くと
肺がんなので呼吸が続かなくなって、酸素ボンベをしたり車椅子を使っている」と赤裸々に告白。
退院については「すぐには無理。
抗癌剤は何回もやらないといけないので、今年いっぱいは難しいかな」と話していた。
当初は、余命2週間と宣告されていただけに「本当に親父はすごい」と胸を張ったケンイチ。
「不死身のジョニーでありますから、もう一度ステージに立つことをお約束します」と前を向いた。
ジョニー 大倉(ジョニー おおくら、1952年9月3日 )
現在は俳優
本名、朴 雲煥(박운환 / パク・ウナン)
日本名、大倉 洋一
神奈川県出身
血液型AB型
左利きであるが、ギターは右に矯正されている。
川崎市立川崎高等学校中退。1971年に矢沢永吉らとキャロルを結成し、
当初は内田裕也へプロデュースの依頼を検討したものの結局はミッキー・カーチスの
プロデュースでデビュー。キャロルでは、ギターと作詞を担当。
矢沢永吉と共に曲作りのコンビを組んで、1973年には「ファンキー・モンキー・ベイビー」
などの大ヒット曲を生み出した。
はっぴいえんど等が日本語をロックの音楽にのせるために奮闘していた時代に、
堂々と日本語と英語をミックスした曲を作詞した最初期の人である。
1975年にキャロルによる共著『暴力青春』で在日朝鮮人二世であることをカミングアウト。
未だタブーの根強かった当時の芸能界に一石を投じた。
デビュー当時、ロンドンのテレビ番組に出演し、イギリスメディアから
かなり手厳しい評価を受けた。それが今日までの反骨精神となっている!
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