「田宮二郎さんは謀殺された!」付き人が衝撃告白
「私が発見したとき、田宮さんは苦悶の表情を浮かべ、ほとんど息もしていませんでした。
彼はベッドの上にあおむけで横たわっていました」と語るのは、事件の第一発見者であり、
田宮さんの付き人を務めていたN氏(62)
ドラマ『白い巨塔』の主演やクイズ番組『クイズタイムショック』の司会を務めた田宮二郎さんが
亡くなったのは’78年12月28日のこと。
43歳の若さでの急逝、警察による“猟銃による自殺”という発表は、世間に大きな衝撃を
与えた。だが37回忌を目前に控え、事件の第一発見者でもあるN氏が衝撃告白を――。
「私は、いまも田宮さんが自殺したとは思っていません。
理由の1つは、田宮さんに自殺の兆候などまったく見られなかったこと。
いろいろ取沙汰されていますが、私が見る限り、田宮さんが自殺するほど
深く悩んでいる様子はありませんでした。それは当日も同様です」
事件当初“借金は3億円”などと報じられたが、後に夫人や田宮企画が否定している。
「理由のもう1つは自殺の方法。散弾銃の引き金を足の指で引いたとされて
いますが、実は当時、彼の手元に銃はなかったはずなのです。
『銃は妻に取り上げられて、どこにあるかわからない』といったことを
漏らしていました。
確かに自宅に置いてあった銃のケースに中味が入っている形跡もない。
なぜ彼が“持っていなかったはずの銃”で死を遂げたのか?」
また自殺の数日後に形見分けがあったというが、「私も田宮邸に手伝いにいきました。
そのときクローゼットのなかから散弾が入った箱が見つかったのですが、本当に驚きました。
私は、田宮さんの下着から、普段着、衣装までを管理していましたから、
当然クローゼットのなかもいつもチェックしていました。
しかし一度も弾入った箱など見たことはなかったのです。
“田宮さんは殺されたんだ……”、そう確信しました」
N氏は“犯人”に自分の命を狙われることを恐れ、銃や弾丸に
関する疑問を誰にも語ったことがなかった。
「いまとなっては、田宮さんが殺されたことを証明することも難しいでしょう。
そのこともわかっているのですが……、37回忌を目前にようやく決断
することができました。
私が真実を話すことが、少しでも彼の供養になればと思っています――」
田宮 二郎(たみや じろう、1935年8月25日 - 1978年12月28日)は、
日本の俳優・司会者。
本名は柴田 吾郎(しばた ごろう)
1960年代から1970年代にかけて活躍し、代表作は映画『悪名』シリーズ、
『白い巨塔』、クイズ番組『クイズタイムショック』の名司会、
テレビドラマ『白い巨塔』など。身長180cm、血液型B型。
妻は元女優の藤由紀子。長男は俳優・テレビレポーターの柴田光太郎。
次男は俳優の田宮五郎。俳優の南川直は父方の従兄。
没後30年以上経つが、近年になり田宮主演の映画やドラマが相次いでDVD化され、
ドラマのリメイクも行われている。
ドラマ『白い巨塔』の放映が残り2話となっていた1978年(昭和53年)12月28日の
午前中、南青山のマンションに住む田宮夫人から連絡があり、田宮の付き人は
体調を崩した田宮夫人の母親を病院に連れて行き、港区元麻布の田宮邸に
戻ってから、そのことを田宮に報告する。
お昼近くになっていたこともあり「お腹が空いた」と言う田宮の為に、
赤坂の洋食店に弁当を買いに行ったのが、生前の田宮と交わした最後の言葉だった。
1階のキッチンでお茶を入れ、弁当と梅干しを載せたお盆を持って2階に上がり、
寝室の前で声を掛けたが応答がなく、しばらくしてドアを開けると、彼はベッドの
上に仰向けで横たわり猟銃自殺を遂げた。43歳没。
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